今あるものに満足できない人は不幸である

京都の龍安寺にある知足の蹲踞(つくばい)にはこのように記されています。

Ryoanjitemple

「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」

これは禅の格言を謎解き風に図案化したものです。

現代風に言いますと、「満足することを知っている者は貧しくても幸せであり、満足することを知らない者はたとえ金持ちでも不幸である」と言った意味になります。

私たち人間の欲望は常に満足することを知りません。多くの宗教が古代から「欲望を抑制すること」を教えてきました。日本でも「忍耐」や「我慢強さ」は美徳とされていましたね。

ところが現代はどうでしょう?

もっと良い服を着たい!

もっと美しくなりたい!

もっとお金が欲しい!

もっといい車や家が欲しい!

もっといい家電が欲しい!

肉食動物でも目の前を草食動物が通りかかったときに、襲い掛からないときがあります。それは肉食動物のお腹が満たされているとき。

野生の動物は自分が「満たされている」ことがわかるのです。

多くの人はローンを組んで、良い車、大きな家、高価な服、果ては最新の携帯電話まで、あらゆるものを「ローン」で購入します。

その時点で、あなたが買ったものは、実は自分の身の丈にあってなかったということです。

自分がローンも組むことなく買えるものが、自分の身の丈にあっているものなのです。

ローンを組んで家を買ったとしましょう。

あなたは支払いのために働かざるを得ません。子供がいれば、その子と過ごす時間さえも犠牲にしなくてはなりません。そもそも自力で買えない家をローンで買ったのは、家族のためだったのではないですか?これではまさに本末転倒なのです。

このblogを読んでくださっている方は、多少なりとも世の中が狂ってきている事に気がついている方だと思います。1%の富豪層が富を独占しているといわれています。このような富豪は「強欲」で、満足することを知りませんので、もっと!もっと!と、あらゆるものを手の内におさめようとしています。

彼らに対抗し、99%の私たちの手に世界を取り戻す方法はただひとつ。それが「満足することを知る」ことなのです。

このビデオの「Man」は、満足することを知らない私たちの姿です。

私たちが、もっと!もっと!を繰り返していくと、知らない間に1%の富豪層に貢いでしまうことになります。なので、これ以上、彼らの資産を肥やさないために、今あるものに感謝しましょう。

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